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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3832号 判決

原告

西田修一

右訴訟代理人弁護士

志村新

滝沢香

被告

株式会社片山組

右代表者代表取締役

星野明夫

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

冨田武夫

吉沢貞男

伊藤昌毅

山西克彦

主文

被告は原告に対し、一八一万九六四五円及びうち四二万三三〇六円に対する平成三年一一月二二日から、うち四二万三三〇六円に対する同年一二月二二日から、うち一二万八四三二円に対する同月一八日から、うち四二万三三〇六円に対する同四年一月二二日から、うち四二万一二九五円に対する同年二月二二日から各支払済みまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求〈省略〉

第二事案の概要〈省略〉

第三争点に対する判断

一本件自宅治療命令の適否

証拠(〈書証番号略〉、証人吉村茂、同舩越俊光の各証言、原告本人の供述)によると、次の事実を認めることができる。

1  原告の配属部署と担当職務

原告は、被告に雇用されて以来工事本部第二工事部(但し平成三年六月の組織変更前は工事部)に配属されて現場監督業務(役職は作業所主任)に従事してきた。工事部に配属された従業員の主な業務内容は、工事現場の監督であるが、この仕事内容は、予算管理(請負契約の見積りに基づいた実行予算書を作成し、これに従った資財等の発注をすること)、技術工程管理(施工図面を作成し、これに基づいて現場作業に従事する職人、労務者の技術指導、管理等を行い、工事を予定どおり進行させるように管理すること)、労務管理(現場で作業する職人、労務者を指導管理すること)、安全管理(現場で作業する作業員、職人、労務者の安全を管理すること)であり、一の工事の現場監督業務が終了したときには次の現場監督業務に従事することとなっていたが、次の工事が決まっていないときには待機することとなり、この期間は、通常短い時で約一か月、長い時で約一年間であり、この間、施工図面の作成等に従事することとなっていた。原告の場合も同様であって、原告は、平成元年八月から同三年二月まで被告が請け負った名倉堂ビル新築工事の現場監督業務に従事していたが、これが終了した以降次に原告の担当すべき現場監督業務が決まっていなかったので、本件現場勤務命令発令までの間、本社で待機することとなり、その間の同年三月から同年五月まで渋谷区神宮前所在の原宿KY新築工事ビルの仮設計図面の作成(但し、全部で二〇枚作成した内の原告作成枚数は八枚)に従事し、同年六月から同年八月まで板橋区高島平所在の西台マンション等の実行予算書の作成に従事していた。

なお、被告にあっては、同年六月、右各種図面、実行予算書等の作成を担当する部門として工事管理部を新設した。

原告は、平成三年六月一四日、同管理部部長鷺修身(以下「鷺部長」という。)から工事本部第二工事部から同本部工務管理部に配置替えとなる旨口頭で述べられた旨供述するが、この供述は証人舩越俊光の証言と対比してにわかには信用することができない。

2  原告のバセドウ病発病と治療の経緯

原告は、前記名倉堂ビル新築工事の現場監督業務に従事中の平成二年八月ころ、異常な疲労感に襲われ、同月二日、慶応義塾大学病院で診察を受けたところ、バセドウ病の疑いがあるとの診断を受け、さらに、同月一六日、バセドウ病と診断された。当時の原告は、同病が特異な病気で遺伝の問題があるので他人には知られたくないと考えていたので、被告には病状報告をしなかった。そして、原告は、右現場監督業務に従事しながら、主に同病院医師笠谷知宏(以下「笠谷医師」という。)から薬物服用による通院治療を受けることとなった。右同日、甲状腺ホルモン値は中位の高さ(通常の約四倍)で、薬物としてメルカゾール二〇ミリグラムの服用から開始し、同月二五日には、病状に変化がなく、同年九月八日には、メルカゾールを三〇ミリグラムに増量し、ヨード剤を加えた。同月二二日には、病状は軽快に向かっていたが、下痢が依然として続いており、メルカゾールの服用を継続することとし、同年一〇月二〇日には、症状に変化なく、従前と同様の治療方法を継続することとし、同年一一月一〇日には、顔が火照る旨を訴え、下痢気味であったが、甲状腺ホルモン値は正常値の中の上と可成正常に近付き、同年一二月八日には、怠い旨を訴え、下痢が続いていたが、甲状腺ホルモン値は正常値の中位にあり、従前どおりの薬量療法を継続することとし、平成三年一月五日には、甲状腺ホルモン値は正常値の最下位近くまで低下しており、心臓脈抑制剤の投与を中止し、同年二月二日には、メルカゾールを二〇ミリグラムに減少し、ヨード剤の服用を継続することとし、同年三月二日には、甲状腺ホルモン値は正常値の下限を少し下回り、下痢が治まったので下痢剤の服用を中止し、同年三月二〇日には、自覚症状は略消失し、ヨード剤の服用を中止し、メルカゾールを一五ミリグラムに減らし、同年四月二七日には自覚症状も特になく、同年六月一日には、疲れやすい旨を訴えたが、日常の怠いのは薬で甲状腺ホルモン値を低めにしているためであって、日常生活には支障がなかったので、原告に辛抱するように説得し、そして、メルカゾールを一〇ミリグラムに減らした。甲状腺ホルモン値は正常値の下よりもさらに下位となった。同年七月一三日には、怠い旨訴えていたが、メルカゾール一〇ミリグラムの服用を継続することとし、甲状腺ホルモン値は正常となった。同年八月三日には、身体の調子は良く、メルカゾール一〇ミリグラムを継続服用することとし、同年九月七日には、特に問題の症状はなく、甲状腺ホルモン値も正常であったが、メルカゾール一〇ミリグラムの服用を継続することとし、同年一〇月五日には、自覚症状はなく、メルカゾールを五ミリグラムに減少した。そして、同年一一月二日には、身体の調子は良く、甲状腺ホルモン値は正常であり、メルカゾール五ミリグラムの服用を継続することとし、同年一二月七日には、身体の調子は良く、メルカゾール五ミリグラムの服用を約半年間継続することとした。

3  本件自宅治療命令の発出

本件建築工事は、被告が東京都から請け負った都営住宅建替工事であり、平成三年五月ころ着工し、同年八月から鉄骨工事にとりかかった。当時、右工事を担当していた現場監督者は工事本部第二工事部第一課課長森永方正(以下「森永課長」という。)と社員の清水との二名であったが、被告は、現場監督業務が多忙となったことと、書類の作成事務とが増大したため、原告と社員一名とを増員することとした。そこで、工事本部長舩越俊光(以下「舩越本部長」という。)は原告に対し、同年八月一九日、原告の直属の上司である同本部第二工事部部長鈴木裕(以下「鈴木部長」という。)の他鷺部長同席のうえで、事務所において、本件現場勤務命令を発した。これに対し原告は、「自分は病気である。現場作業はできない。」と述べた。そこで、舩越本部長は、病気であるならば、森永課長と相談のうえ診断書を提出する等の必要な手続を経ることを指示し、原告の現場における仕事内容、期間等の質問に対し、仕事内容は現場担当者の指示に従うこと、期間は工事が完成するまで、と答えた。

原告は、同年八月二〇日、本件現場に赴任したが、この赴任に際し、森永課長に対し、バセドウ病に罹患しているので現場作業はできないこと、午後六時以降の残業はできないこと、日曜、祭日等の休日出勤はできないことの三点を要望した。これに対し、森永課長は原告に対し、右要望を容れて、現場事務所においての各種図面の作成、必要書類の作成業務に従事させ、午後六時以降の残業及び休日出勤を命じなかった。

同月二九日、分会と被告との間で分会員であった松山の定年退職問題につき団体交渉が開催されたが、この終了ころ原告は、被告の交渉委員として出席していた専務取締役吉村茂(以下「吉村専務」という。)らに対し、原告はバセドウ病で治療中なので休日労働はできない、午後六時以降の残業はできない、現場監督の仕事も制限付でしかできない旨の発言をした。これに対し、吉村専務は、文書をもって提出するように答えた。そこで、分会は被告に対し、同年九月五日、同日付質問書をもって、原告はバセドウ病の治療中であり、現場作業には従事できないこと、就業時間は午前八時から午後五時までで、残業は午後六時までとすること、休日は日曜、祭日、隔週土曜日とすること、以上を認めるか否かを回答するように要求した。これに対し、被告は、同月九日、同日付回答書をもって、「病気等の件は知らない、就業条件は就業規則のとおりとする。」等の回答をした。このことから、原告は森永課長に対し、同月一〇日ころ、笠谷医師作成の同月七日付診断書を提出した。これには、病名はバセドウ病で、「現在内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する。」と記載されていた。そこで、舩越本部長は、さらに詳細に原告の病状を把握する必要があるものと考え、森永課長を通じて原告に対し、病気の具体的な症状と被告に要求すべきことの二点を文書をもって提出するよう指示した。そこで、原告は森永課長に対し、同月二〇日、文書(回議箋用紙)をもって「バセドウ病(甲状腺機能亢進症)の治療中であり、疲労が激しく、心臓動悸、発汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等も症状として発生しています。今だ暫く治療を要すると思われます」、「担当医師が『今後厳重な経過観察を要する』と診断の通り、治療の為、本人所属の組合の九月五日付質問書第四項の労働条件は不可欠と思います。」と記載し、これを提出した。

原告から右のような診断書の提出と症状報告とを受けた被告は、同年九月下旬ころ、社長、吉村専務、舩越本部長、鈴木部長、森永課長らで原告に対する処遇を検討し、右回議箋用紙の記載内容と右九月七日付診断書の「今後厳重な経過観察を要する」との記載内容とを重視し、この他に原告の舩越本部長、森永課長に訴えたこと等とを考慮して総合的に判断した結果、被告の産業医に相談するまでもなく、原告が訴えている症状であれば健康を回復して現場監督業務に従事させることのできるまでの間、自宅で病気治療に専念させることが妥当であるとの結論に達し、そこで、被告は、本件自宅治療命令を発した。

4  本件自宅治療命令発出に対する原告及び分会の対応

原告は、本件自宅治療命令は不当であると考え、平成三年一〇月二日から同月四日まで就労の意思を表示する趣旨で本件工事現場に赴いたが、その間の同月三日、森永課長は原告に対し、就労は認めない旨を述べた。

被告は原告に対し、同年一〇月初め、健康保険組合宛ての傷病手当・同附加金請求書を送付した。これに対し、分会は、同月四日、同日付「抗議書及び要求書」をもって、原告は、「病気治療中であるが、就業は可能であったし、就業の意思表示もしている。にもかかわらず貴殿が一方的に『自宅治療を命じる』としていることは(原告)の働く権利を奪い、生活を脅かすものであると共に、組合つぶしをねらった不当労働行為であり、断固抗議する。」、原告に対する本件自宅治療命令を「即時撤回し、前部署の工務管理部にて就業させることを強く要求する。」と抗議と要求とをした。そして、さらに、分会は被告に対し、同月二四日、同日付「要求書」をもって、原告に対する配転と自宅治療命令とを即時撤回し、もとの部署の工務管理部に復帰させることと、本件自宅治療命令中の賃金を健康保険で代替するのではなく、賃金として全額支払うこととを要求した。そして、分会は、同月二四日、右要求書と併せて原告についての笠谷医師作成の同月一二日付診断書を提出した。これには、原告の症状につき、現在経口剤によって甲状腺機能は略正常に保たれているが、重労働は控え、デスクワーク程度の労働が適切と考えられる、今後も月一回程度の通院治療を要する旨記載されていた。そこで、被告は、原告に対する対応を検討した結果、原告の本来業務は現場監督であるが、これが可能であるとは記載されておらず、反対に、デスクワーク程度の軽労働に限定するものとなっていたところから、現場監督業務復帰は困難であり、なお自宅治療を続けさせ、病気の回復を待つこととし、同月二五日、同日付回答書をもって、分会の右要求には応じられないとし、その理由として、本件自宅治療命令は原告が提出した診断書及び申告によるもので、分会が提出した一〇月一二日付診断書によると、病気は治癒しておらず、かつ現職復帰は困難である旨回答した。

5  本件現場勤務命令

原告は、平成三年一二月、当裁判所に本訴に先立ち賃金仮払仮処分命令の申請をし、この審理過程の平成四年一月二四日、原告側から原告訴訟代理人が、被告側から舩越本部長ら及び被告訴訟代理人が笠谷医師から原告の病状経過等を聴取した。この結果、前記認定の原告のバセドウ病発病と治療の経緯とが判明し、そして、笠谷医師は、原告が回議箋用紙に記載した症状は発病当時の状態を記載したものではないか、平成三年九月七日付診断書の症状ではない、但し、薬の副作用で貧血程度はあったかも知れない旨を述べた。このようなことから、被告は、原告の症状からこれ以上の本件自宅治療命令を継続しておく必要はないものと判断し、翌四年二月五日、同月四日付書面をもって、同月五日から本件現場において勤務することを命じた。そこで、原告は、同月六日から本件現場監督業務に従事することとなったが、被告は原告に対し、口頭で原告の勤務条件として、現場における通常勤務であること、業務は監督業務であることを指示した。

6  バセドウ病とこの治療

バセドウ病は、血中に甲状腺及び目の組織と結合してこれらに異常を引き起こす抗体が、甲状腺を過剰に刺激して甲状腺ホルモンを必要以上に分泌させたり、眼球突出を引き起こさせたりする病気で、症状としては、三大徴候といわれるものがあり、甲状腺の腫れ(但し、明確でないこともある。)、眼球突出(但し患者の約二割)、頻脈があり、自覚症状としては、動悸、息切れ、手の細かな震え、異常な疲れ易さなどである。甲状腺機能が十分に落ち着いていない場合は、常に心臓その他が不必要に活動している状態にあって、機能亢進の程度や年令等によっても異なるが、活動を差し控える必要がある。そして、治療方法としては、薬物投与、手術、アイソトープの三つがあり、薬物投与治療は、薬物の正しい服用により甲状腺ホルモン濃度を正常値に戻す治療方法であり、服用期間は最低一年間継続する必要がある。薬物服用で容易に治癒する人もおり、これを止めると悪化する人もいるが、これでも一か月に約一度の受診検査を受け、これに合った薬物服用を継続することにより、格別の支障なく日常生活を送ることができるので、この治療方法で十分な人も多い。手術による治療は、甲状腺を一部残して切除する治療方法である。アイソトープ治療は、B・Tというヨードの放射性固定元素によって甲状腺ホルモンを分泌している甲状腺細胞の数を減少させることによって、ホルモンの分泌量を正常にする治療方法である。

そこで、本件自宅治療命令の適否について検討する。

右認定事実によると、被告が本件自宅治療命令を発出したのは、笠谷医師作成の平成三年九月七日付診断書と原告の被告に対する回議箋用紙による症状報告とを重視したことによるというのであり、これらによる限り、原告の当時の病状はかなり重いと判断されるから、一般的に、患者の病状は患者自身でなければ分からないことのある反面、患者の訴えが必ずしも医学上客観性を有するものでないこともまた経験則の教えるところであることを考慮に入れたとしても、被告が原告を本件現場監督業務に従事させるよりも治療に専念させるべきであると判断したことには相当な理由があるといえる。

ところで、本件自宅治療命令には、被告の原告に対する本件現場監督業務の就労を拒絶するとともに、病気治療に専念すべきことを命じる(但し、事柄の性質上、強制力を伴わない、勧告ないし助言程度の意味しか有しないと解される。)ものである。被告の右就労拒絶には問題のあることは後述のとおりであるが、原告は、当時、治療をなすべき病状にあったのである。このような場合に、被告としては、従業員の健康配慮義務及び職場の安全管理義務を負い、職場の秩序維持権限を有しているのであるから、原告に就労を認めるか否かの裁量権を有しているということができる。

したがって、被告の右就労拒絶自体が直ちに違法であると評価することはできず、これが違法であるといえるためには、就労拒絶が不当労働行為意思をもってなされた等の違法事由が存する場合に限られると解すべきである。

原告は、本件自宅治療命令は、原告において自宅治療をする必要がなかったにもかかわらず発せられたから無効である旨主張するところ、本件自宅治療命令のうち、病気治療に専念すべきであることを命じる部分は勧告ないし助言程度の意味しか有しないことは前述したとおりであるから、この必要性の有無を論じることには意味がなく、原告の右主張は、結局のところ、被告の就労拒絶の違法性、すなわち、これの不当労働行為性にあると解することができ、原告の本件自宅治療命令が不当労働行為で無効である旨の主張も同旨であると解する。

そこで、被告の就労拒絶の違法事由、すなわち、不当労働行為性について検討するに、前記認定した事実に原告の供述を総合すると、原告は、分会結成以来執行委員長の地位にあって、活発な組合活動を中心となって展開していたことを認めることができる。しかし、被告が原告の右組合活動を嫌悪していたとか、右組合活動を理由に原告を職場から排除する意思を有し、これがために原告の就労を拒絶したことを認めるに足りる証拠はない。

そして、他に右就労拒絶に違法事由のあることの主張・立証もない。

したがって、本件自宅治療命令が無効である旨の原告の主張は理由がない。

二賃金請求権の有無

本件自宅治療命令の違法が認められないとしても、原告の賃金請求権の有無は、民法五三六条二項により被告の帰責事由の有無によって決せられることとなる。

前記認定事実によると、原告は、平成三年八月一九日、舩越本部長から本件現場勤務命令の発令を受けた際、同本部長に対し、病気で現場作業はできない旨述べながらも、同月二〇日から本件現場監督業務に従事していたというのであり、そして、原告のこの現場監督業務には、内容において重労働はできないこと、就労時間において残業は一時間に限られること、就労日は日曜、祭日等の休日出勤はできないこととの制限を伴っていたとはいえ、森永課長は、これらを容れて原告に本件現場監督業務に従事させていたのであり、このことに加え、職場の安全管理及び職場の秩序維持の観点から右就労を拒絶しなければならなかった格別の事情は認められない。そして、前記笠谷医師作成の診断書にも、病名をバセドウ病とし、「現在内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する」と記載されているのみであって、原告の労務提供の可否及び程度等については何ら触れるところがない。前記原告作成の回議箋用紙による症状報告には、前述したとおり就労制限について述べられているところがあり、なるほど、前記認定事実によると、その当時の原告の病状は、原告が右報告書で報告しているほどではなく、自覚症状が消失していたというのであるから、真実に反した報告をしたという点において責められるべきである。しかし、これ以上に、患者の訴えは必ずしも医学上客観性を有しないことは前述したとおりであるから、被告としては、被告の産業医等の専門家の判断を求める等のさらなる客観的な判断資料の収集に努めるべきであって、これを全くすることなく、右の診断書と症状報告とを重視して原告の就労を拒絶した被告の本件措置には、些か軽率であったとの謗りを免れない。

このように考えると、被告の原告に対する本件現場監督業務の就労を全面的に拒絶したことは相当性を欠いた措置であったというべきであるから、被告は原告に対し、本件自宅治療命令期間中の賃金支払義務を免れない。

そこで、原告の賃金額であるが、先ず、月例賃金については、前記争いのない事実によると、計数上原告の主張する金額となる。

次に、冬期一時金については、前記争いのない事実に、証拠(〈書証番号略〉、原告本人の供述)によって認められる原告主張事実とを総合すると、原告の基準支給額は七四万六七三六円となり、これから成績査定による減額分二万五一五二円を差引いた七二万一五八四円が支給額となるべきであった。

原告は、成績査定による減額分二万五一五二円は不当としてこれの控除をすることなく請求をしているが、右成績査定は被告の裁量に属することであるから、これに不当な事由が認められない本件にあっては右の控除をなすべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は右の限度で理由がある。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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